Kiriko Object Stories — 細小路 圭「花と蝶」 2025年9月24日 江戸切子は、一つひとつ、職人の手により生み出されます。中でも、鉢や花瓶、大皿など、サイズの大きな江戸切子は“一点もの”として制作されます。作品や、作品づくりへの想いを伺います。
Kiriko あるがままのきらめき − 透きガラスの切子 2025年9月24日 切子のルーツ 切子に使われているガラス素材は、大きく分けて2種類あります。無色透明な「透き(すき)ガラス」と、外側に色付きガラス、内側に透明なガラスの二重構造になっている「色被せ(いろきせ)ガラス」です。今でこそ、日本では「切子といえば色被せガラス」という印象がありますが、そのルーツは透きガラスにあります。 もっと読む 「切子の素材 − 透きガラスと色被せガラス」の記事へ 透きガラスならではの美しさ カット面に受ける光の屈折によりきらめく、透きガラスの切子。そこには、無色透明ならではのピュアな美しさがあります。ここからは、室町硝子工芸でラインナップしている透きガラスの「江戸切子」をご紹介します。 * * * 繊細さと大胆さが同居八角籠目文様 オールド 玻璃 清涼な川の流れを思わせるカットと、繊細な文様が刻まれたオールドグラス。流れるような線と、規則正しく八角形が並ぶ「江戸切子」の代表的文様「八角籠目(はっかくかごめ)」を組み合わせています。 考案したのは、若手職人も多い「ミツワ硝子工房」に所属する、日本の伝統工芸士・石塚春樹さんです。きらきら、まばゆい輝きが溢れる、細かく刻まれた八角籠目。石塚さんによるカットは、手仕事で施すことのできるギリギリの細やかさです。さらにそこへ、波打つような力強いカットも施すことで、大胆で華やかな印象に。見る角度により多彩な姿を楽しめる、このグラス。手に取ると、きっとくるくる回し、さまざまな角度からきらめきを味わいたくなることでしょう。 モダンな組み合わせ亀甲魚子文様 オールド 玻璃六角形の「亀甲(きっこう)」文様をメインに、底面近くには丸い「魚子(ななこ)」文様を施したオールドグラス。手がけたのは「ミツワ硝子工房」に所属する、日本の伝統工芸士・石塚春樹さんです。 江戸切子で用いられる2つの代表的文様を、規則正しくカットし、組み合わせることで、まるで幾何学モチーフのよう。どこかモダンな印象に仕上がっています。このグラスは、全体に同じ文様を刻むことで、見る人の視線が分散。カットの美しさもちろん、飲み物などグラスの中身の見え方にも目がいく面白さがあります。飾って楽しむもよし、飲みながらじっくり眺めるもよし。他にありそうでない、シンプルながらも個性的なグラスです。 シンプルにきらめきを味わう菊つなぎ天開オールドグラス100年近く続く江戸切子工房「小林硝子工芸所」の3代目・小林淑郎(よしろう)さんが手がけた、このグラス。ぐるりと施されているのは、江戸切子の代表的文様である「菊繋ぎ(きくつなぎ)」です。 直線を交差させていく菊繋ぎを、非常に細かく刻むことで、きらきらと華やかな輝きがこぼれ落ちます。また、グラスの内側を覗き込むと、底面にも菊繋ぎが丁寧にカット。飲み物を注いだり、口にしたりするときにも、その仕事の美しさを感じられます。定番のオールドグラス。しかも、シンプルな透きグラスに、規則正しく代表的文様を施しているからこそ、確かな仕事が伝わる作品です。 * * *いかがでしたか? ひと口に「透きガラス」と言っても、デザインや刻まれる代表的文様で、随分印象が変わります。また、無色透明だからこそ、細やかな仕事が光り輝くという魅力も。※この記事は2021年に執筆されたものです。終売している商品もございます。お取り扱いについてはお問い合わせください。
Kiriko 江戸切子の技を未来へ紡ぐワイングラス「SUI-REN」 2025年9月18日 一つひとつ、職人の手による美しいカットが施された唯一無二のグラスで、好きなお酒を味わう至福のひと時にぴったりのワイングラス「SUI-REN(スイレン)」が「室町硝子工芸」をご紹介します。 そもそも、室町硝子工芸は、江戸切子の魅力を伝えたい。そして、その熟練の技や丁寧な仕事をこれからも繋げていきたいと、日本の職人の作品をご紹介しています。 お客さまから「家でよくワインを飲むから、切子のワイングラスがあったら欲しい」「贈り物をする相手がワイン好きで……」というお声をいただき、このグラスを形にするに至りました。 グラスの形は3種類。左から「ブルゴーニュ」(価格¥35,000(税込¥38,500))「スパークリング」(価格¥35,000(税込¥38,500))「ボルドー」(価格¥35,000(税込¥38,500))。こちらのプレートデザインは「Kikutsunagi(きくつなぎ)」です。 江戸切子らしさと機能性の両立 目指したのは、赤・白などのワインの色や香り、味をたのしむというワイングラス本来の体験を残しながら、江戸切子の華やかなカットもたのしめる意匠です。ワイングラスとしての機能性と、江戸切子ならではのきらびやかさ。これらを両立したモダンなワイングラス・シャンパングラスは、まだこの世にありませんでした。 「SUI-REN」はプレート部分のデザインを2種類ご用意しています。奥は、江戸切子の代表的伝統文様「菊繋ぎ」を施した「Kikutsunagi(きくつなぎ)」。手前は、代表的伝統文様の一つから着想を得たオリジナルデザイン「Nozomi(のぞみ)」です。 まず、グラスに華やかなカットを実現するために、施すカップ部分のカットの目の大きさを微調整する必要がありました。この目が細かすぎると、立体感が出ず、のっぺりとした印象に。するとたちまち、華やかさに欠けるのです。反対に、目が大きすぎると、立体感は出るものの、切子のきめ細やかな輝きが失われてしまいます。まさに絶妙なバランスが問われ、試行錯誤を繰り返しました。 機能性でいえば、口をつける部分(リム)とドリンクを注ぐカップ部分の多くには、あえてカットを施していません。これは、ガラス本来の透明な部分を多く残すことで、注がれたワインの味わいや色をたのしむというワイングラス本来の機能性を残すため。さらに、フット・プレート部分にもカットを施しました。これにより、機能性はそのままに、グラス全体へ華やかな印象を与えています。 熟練の技により実現した意匠 そうして仕上がった、このワイングラス。カットを施す職人曰く、通常より技術や手間が必要だといいます。 たとえば、ワイングラス特有の湾曲したガラス面へのカット。均等に美しくカットすることが、通常のオールドグラスへのカットよりも技術を要するのだとか。また、台座(プレート)の「Kikutsunagi」の部分は、カットする前に引く基準線(割出し)が、通常使用する専用の機械が使えません。そのため、基準線を引く作業は全て手で行ないます。 これらの理由から、当初は職人に渋い顔をされました。しかし、なんとしても、すばらしい職人技を生かしたワイングラスをつくりたい。そして、その技をより多くの人に知ってもらい、未来に紡いでいきたい。そんな私たちの想いを汲んでくれた、熟練の工房と職人により具現化しました。 贈り物が、日本の伝統工芸の継承に繋がる 相手の顔を思い浮かべながら選ぶ、結婚祝いや還暦祝いなど。趣味趣向を知っている大切な人への贈り物はとくに、相手が使ってくれるか。また、使いやすいかなども気になるポイントです。 このワイングラスは、好みや性別、年齢を問わず使いやすく、食器としてさまざまな空間になじむように、あえて透明のガラスを選んでいます。また、施した江戸切子の伝統文様も、シンプルなものにしました。しかし、細やかにカットすることで、独特のきらめきを放ち、華もあります。ペアグラスでのご用意もありますので、記念品・ギフトとしてお選びいただけます。また、ワインだけではなく、冷酒・日本酒を楽しむのもおすすめしております。 使いやすく、ギフトに贈りやすい。このワイングラスには、最初にお伝えした、江戸切子の魅力を伝えたい。そして、その技や丁寧な仕事をこれからも繋げていきたいという、室町硝子工芸の想いが込められています。 そもそも、このワイングラスだけでなく、ほかの江戸切子も、求めるお客さまが増えれば増えるほど職人の力が必要になります。つまり、職人の仕事や雇用が生まれ、業界が活気づくのです。 多くの製品の中から、何を選ぶのか。日々の選択が、日本の伝統工芸の未来に繋がる。そんな目線で、どうぞこのワイングラスを手にとってみてください。日々のシーンに自然になじみながら、職人の手により生み出された江戸から続く熟練の技をおたのしみいただけるはずです。 そうして、お客さまがたのしんでくださることが、職人への支援と、伝統文化を繋げることにほかなりません。 江戸切子のワイングラス「SUI-REN」の製品一覧ページへ ※この記事は2021年執筆の記事となります。 江戸切子のワイングラス「SUI-REN」 SUI-REN Kikutsunagi ボルドー SUI-REN Nozomi ボルドー
Kirikoつくり手 職人と江戸切子 — Vol.1 シンプルな文様に込められた仕事 2025年9月18日 ガラス生地に、職人が一つひとつカットを施していく「江戸切子」。繊細できらびやかな美を形にするため、職人は、くる日もくる日も江戸切子と向き合い、その腕やセンスを研きます。 工房や職人によるスタイルがあり、作品を一目見ただけで誰が手がけたかわかる職人もいるほど。また、どれだけ経験を重ねても、それに甘んずることなく、目の前のガラス生地をいかに美しく仕上げるかを考え、手を動かす。厳しくもすばらしい、その世界。 ここでは、唯一無二の江戸切子に欠かせない“職人”を取り巻くストーリーをご紹介します。 「江戸切子」の特徴といえば、伝統文様を始めとする様々な文様のカットです。複数を組み合わせる場合が多いですが、中には一つの文様で、ストイックに表現されるものもあります。 たとえば「室町硝子工芸」で、2020年の冬から手掛けているオリジナル商品もそう。初めて江戸切子を手にする方や、日本の伝統工芸品に触れたことのない方にも手にしていただきやすいようにと、一つの伝統文様で仕上げるシンプルでモダンな意匠を目指しています。 オリジナル商品の第二弾であるロックグラスとタンブラーの「唯千(ゆいせん)」も、その一つ。デザインは、着物などの染め物に用いられる「千筋(せんすじ)」から着想を得ました。 職人は「ダイヤモンドホイール」と呼ばれる専用の機械を使用し、約3mm間隔で均一にカット。スッスッと縦に伸びるラインは、光を受けると、凛とした涼やかな光を放ちます。手がける職人曰く、この一定に淀みなくカットしていく技術こそ、もっとも難しくて美しさにつながる大事なポイントです。 「唯千」は、職人が手を動かさねば、こうは輝きません。それには二つ、大きな理由があります。 一つは、一見同じように見えるガラス生地には、形や厚みに僅かな差があります。なぜなら、江戸切子のガラス生地は、一つひとつ専門の職人が息を吹き込みつくっています。そのため、どうしても個体差が出てくるのです。個体差を活かしつつ、美しいカットを施すことも、熟練の手仕事がなせる技。江戸切子の職人は、それぞれのガラス生地に合わせて微妙な加減でカットを施し、両方の魅力が最大限に生かされた仕上がりを追求します。 もう一つは、手仕事ならではの、エッジの効いたカットです。実は、機械の場合はこうはいきません。というのも、グラスの表面に模様をつける場合、機械では「プレス加工」といい、様々な溝が刻まれた金型に水飴状の熱いガラスを流し込んで成形します。高温のガラスは粘度が非常に高いため、あまり細かな金型では溝の奥までガラスが入り込まず、どうしても丸みを帯びた角に仕上がります。「唯千」の場合、約3mmと細かく均一なシャープさを表現したいため、職人の手仕事が必須なのです。 この一定に刻まれる細かな縞模様は、少しでも手元が揺らぐと台無し。だから職人は、まるで息を殺すように、グッと集中しながら作業しています。その努力と、高い技術があってこそ「唯千」の追求する美しさは形になるのです。 手に取り、眺める時間もよろこびになるような江戸切子。そこには、静かな情熱に燃える職人の存在がありました。 ※この記事は2021年執筆の記事となります。
Kiriko 江戸切子の代表的文様 vol.2 2025年9月12日 「江戸切子」の表面に刻まれた、細かな線で構成された美しい模様。それらは「文様(もんよう)」と呼ばれる、カットガラスに欠かせない要素です。今日まで、職人たちの手で、脈々と引き継がれてきました。 江戸切子の代表的文様 vol.1の記事はこちら同じ線を連続させたり、違うものを組み合わせたり。工房や職人によって、文様の表現にはさまざまなスタイルがあります。ここからは、数ある中から代表的な文様をご紹介します。 魚子(ななこ) 切子面の細かな光の反射が、まるで魚のうろこのよう。名前の由来は、魚の卵がたくさん連なっているように見えることからと言われています。古く「魚」は「な」と呼ばれていたため「な(魚)」の「子」で「ななこ」と読みます。その名から「子孫繁栄」の願いも込められた、江戸切子の基本的な文様の一つです。 菊籠目(きくかごめ) 縦・横・斜めの直線で連続する文様を繋ぐように表現する「菊繋ぎ」と、立体的な力強さのある格子文様「籠目(かごめ)」を組み合わせた伝統文様です。難しい2つのカットを同時に行うため、職人の高い技術が問われます。また、「菊」には「高尚」「高貴」、籠目は「魔除」という意味をもつため、縁起を担ぐ贈り物にもおすすめです。 菊花(きっか)/底菊(そこぎく) 伝統文様の中でも、よく見かけるものの一つ。その名の通り、菊の花のような形をしています。グラスの底面にあしらわれることも多く「底菊」と呼ぶことも。底に施すことで、覗き込んだ時にも華やかな印象で、切子(Kiriko)の魅力を堪能できるでしょう。ちなみに、菊の花言葉は「高貴」。華やかながら上品な印象も感じる文様です。 蜘蛛の巣(くものす) たくさんのカットを幾何学的に交差させていく、きらびやかで、職人の高い技術を感じる伝統文様の一つです。名前の通り、まるで蜘蛛の巣のようなその文様には「幸運を絡めとる」という意味があるとも。中央をまでカットを施す「芯あり」と、中央は丸く抜けている「芯なし」の2通りがあります。 * * * 切子(Kiriko)の文様の意味を知ると、選んだり使ったりする喜びが、ますます増していきます。また、別の機会に、ほかの文様もご紹介します。どうぞお楽しみください。※この記事は2021年執筆の記事となります。
Kiriko 江戸切子の代表的文様 vol.1 2025年9月12日 ガラス製品である「江戸切子」は、職人の手で表面に細かく線を刻むことで、その美しさを表現します。それらは「文様(もんよう)」と呼ばれ、カットガラスに欠かせない要素。現在まで、職人たちの手で、脈々と引き継がれてきました。文様は、同じものを連続させたり、違うものを組み合わせたりして表現します。工房や職人によってスタイルがあり、作品を一目見ただけで誰が手がけたかわかる職人もいるのだとか。さてここでは、数ある中から代表的な文様をご紹介します。 菊繋ぎ(きくつなぎ) 縦・横・斜めの直線を組み合わせ、連続する文様を繋ぐようにして表現します。細かなカットの交差が「不老長寿」を意味する菊の花に見えることから、こう名付けられました。「きく=喜久」とも書けるため、喜びが久しく繋がるという意味もあります。 八角籠目(はっかくかごめ) 竹籠の網目をモチーフにした格子模様「籠目(かごめ)」は、江戸切子の代表的文様の一つ。その中でも人気の文様が「八角籠目」です。八方へ広がるようなカットは、光をまとったようなうつくしさ。一方で、カットには高い精度が要求され、職人の腕の見せどころです。ちなみに「籠目」には、魔除けの意味もあるのだとか。 矢来(やらい) 江戸切子の中でも、もっとも基礎となる文様。斜線を等間隔にカットします。語源は、竹や丸太をクロスさせて組んだ囲いの「矢来」や、矢が飛んでいる様子など、諸説あります。「遣(や)らい」=の音から「入るのを防ぐ」。また、矢は「魔を射る」ことから、邪気を防いだり、魔除けの意味をもたせることも。 亀甲(きっこう) 丸いカットを連続的に施す「亀甲」。「亀甲繋ぎ」とも呼ばれます。語源は亀の甲羅です。亀は、日本で「鶴は千年、亀は万年」という言葉があるように、縁起のよい長寿のしるしとされてきました。古くから、おめでたい図柄「吉祥文様(きっしょうもんよう)」としても大切にされ、着物や帯、陶器など、広く用いられています。 七宝(しっぽう) 同じ大きさの円、または楕円を4分の1ずつ重ねた文様です。これを上下左右に規則正しく連続させたものを「七宝繋ぎ」と呼びます。語源は仏教用語から。仏教では、人の縁は7つの宝(金・銀・水晶・瑠璃・めのう・珊瑚・しゃこ)と同等の価値があると考えます。また、円(縁)は和に繋がる。人と人の和も大切に、という意味もあるそうです。さらに、「しっぽう」という呼び方は、この文様が四方に伸びていることから、広がりや子孫繁栄を願う意味を込める場合もあります。 いかがでしたか? 個性豊かな文様は、切子(Kiriko)の大きな魅力。また、別の機会に、ほかの文様もご紹介します。 江戸切子の代表的文様 vol.2 はこちらから※この記事は2021年執筆の記事となります。
Kiriko 鍋谷淳一さん(鍋谷グラス工芸社)・前編 2025年7月31日 鍋谷淳一 JUNICHI NABETANI 1966年、東京都生まれ。1949年に大田区で創業した「鍋谷グラス工芸社」の3代目として、4代目・鍋谷海斗氏とともに江戸切子と向き合う。2009年、伝統工芸士に認定。2013年には「江戸切子新作展」にて「経済産業省商務情報政策局長賞」を受賞する。 江戸切子に携わる人々が、なにを想い、一つひとつの作品や仕事と向き合っているのか。工房を尋ね、お話を伺う連載『Artisan Interview』。第2回目となる今回は、確かな技術とガラスへの高い知識をもつ江戸切子の伝統工芸士・鍋谷淳一さんです。 いろはを学び、腕をつけ、実感 ——ご家業が江戸切子の工房ですが、鍋谷さんが職人になるまでのお話から聞かせてください。 子どもの頃、友だちが江戸切子を知らなかったんですよ。それに、僕が子どもの頃は今ほど道具も進化していなかったから、作業は全て重労働です。毎日クタクタになるまで仕事する父を見ながら「これは大変だ」とも感じていたし、江戸切子は今後、産業として成り立っていないんじゃないかと思っていたんです。 23歳で社会人になったんですが、当時の僕は、やりがいは仕事がくれるもんだとばかり思っていました。同時に、やりがいがない仕事はしたくないとも思っていて。その後、やりがいは仕事がくれるものじゃない。自分で感じるものだと分かるんですけれど。江戸切子はやりがいがないって、勝手に判断していたんです。 だから、学校を卒業したあとはコンピューター関係の仕事につきました。時代として盛り上がっていく予感がしたし、憧れもあって。でも、入ったものの、希望の部署に入れなくって。ちょうど1年で辞めたんですが、同時に、自分のやりたいこともなくなってしまいました。 ただ、何もしないでブラブラしてるわけにもいきません。その時に父から「お前、江戸切子はやるのか? やらないのなら、自分の代で潰すのは簡単だから」と言われたんです。どうせ潰すんなら一回関わってみようと、25歳で江戸切子の世界に入りました。 最初から家業をついだわけじゃなくて、クリスタルガラスの製造で国内最大手の「カガミクリスタル」にお世話になりました。ここは、江戸切子の生地となるガラス製造を一貫して手がけています。素材の買い付け、熱で溶かす、溶けたドロドロのガラスを成形して、色付け、磨き。1から10まで手がけているから、職人としてものすごく勉強になりましたね。 カガミクリスタルには3年勤めるという約束で、1年目はガラスのいろはを学びました。2年目からは、関連会社で江戸切子を勉強しつつ、製造にも関わるようになって。触れれば触れるほど、少しずつ江戸切子への魅力を感じつつあったけど、この仕事で一生食っていこうという踏ん切りは、なかなかつかなかったですね。僕、心が決まるまでに時間がかかるんです(笑)。 江戸切子を創造的で魅力的なものだと思うようになったのは、33歳。ガラスに触れ始めて8年くらいです。(実家に)帰ってきて2〜3年経った頃、初めて自分がつくりたい形ができたんですよ。 そのあとしばらく、仕事をしながらも自分の作品をつくり続ける時期が続きました。仕事と作品を並行して進めるのは大変ですが、それぐらい江戸切子に惚れ込んだのでしょうね。2009年には伝統工芸士として認めていただき、作品が「江戸切子新作展」で「江東区優良賞」に入賞もしたんです。その後、お客さまが買ってくださるようになり、自分の作ったものが誰かに喜んでもらえることがとてもうれしかったし、江戸切子の未来に可能性を感じました。 工房のクオリティを保つために ——江戸切子と向き合ううえで、もっともこだわっていることは何ですか。 道具のメンテナンスです。毎日使うものを、いかに翌日も同じ状態で使えるか。それまでは「日々精進」みたいなことを思っていたんですけれど、2009年に伝統工芸士という称号をいただいてから変わりましたね。 そもそも、作品の出来は、道具ではそんなに変わらないと思っていたんです。誰がどんな道具を使おうと、多少道具がだめであろうと、職人の技術さえあればいいって。でも、それは自分だけの話で。日々の工房での製造は、自分だけでやっているわけじゃなく、働くみんなで調和を取りながらやっています。道具も、みんなで使っている。それなら、誰でも同じように使えるようにメンテナンスしないと、この仕事はみんなで一緒に上達していかないんじゃないかって考えるようになりました。 そう思うようになったきっかけには、道具の進化もあります。たとえば、カットするためのグラインダーという機械。昔は振動があって、あまりクオリティ高くカットできなかったのが、今は、ピタッ。スーッ。カット面がすごくきれいなんです。あと、ガラスを削るのに一番大事な、ダイヤモンドホイールという道具。削る場所によって、いろいろな大きさだったり、角度だったり、形だったりするダイヤを使うんですけど、そのダイヤも一枚一枚ちゃんと手入れして、管理する。あちこちに置きっ放しにしたり、違う場所にしまったりしない。 とても基本的なことですが、誰が次に使っても最高の状態で使えるように。そして、誰がつくっても、同じモデルは同じクオリティを担保できるように。うちの工房で働いている職人たちには、使う道具のメンテナンスは、責任を持ってやってもらっています。結局、具体的に削り出すのは道具ですからね。 個人的な作品で、時間がかかったりデザインがよくないのは、仕方がない。それこそ、日々精進です。それとは別で、江戸切子を産業として続けていくためにも、道具のメンテナンスは欠かせません。 * * * 「惚れ込むまでに時間がかかるんです」と、自身のこれまでを笑いながら話してくださった鍋谷さん。伝統工芸士として、工房の3代目として。穏やかな様子ながら、工房や江戸切子の未来もしっかり見据えた包容力のある言葉は力強く、熱い想いを感じました。後編では、ご自身の江戸切子に対する考えや、作品について伺います。